前作の感想を読み返してみると「擬古文調が……」と書いているのですが、今回はそれは感じませんでした。
お話は、今回は「表面上はなにごともなく」なんですけど、その方が、このシリーズらしい気がします。活劇や合戦は、なくても問題ないので。策士たちが策に溺れかねない勢いであーのこーのしてて、そこにカラが「どうなってるの?」という素直な視点をあてることこそが、この作品の(わたしにとっての)魅力なんじゃないかと思います。
七姫物語 第4章
著者名:高野和(著)
出版社:メディアワークス
出版年:2006.09
ISBN :4840235619
ちなみに、読みづらいのは体言止めが多いからだと思います。体言止めは文末を「ビシッ」と文字通り止める感じがあります。だから多用すると、ビシビシ止まってばかりでなかなか先に進めないという弊害もあるわけです。
少し前に浅羽莢子氏の体言止めのセンスを真似しようとして果たせなかったと書きましたが、「効果的に」使うのは、たいへん難しいテクニックだと思います。この著者は、それを冒頭からバンバン使っていって、むしろ読者を慣れさせてしまうという荒技を使ってるのかな、とわたしは思います。
が、体言止めにいちいちつっかかって困るのは速読多読派の読者だけであって、もとから読書スピードがそう高くない人にとっては、とくに問題に感じるものではないのかもしれない……とも、思うようになりました。
奥深いなー。まあ、こんなことうだうだ考えてるのは、わたしだけかもしれませんが……。
たとえば、p.11(小説本文一ページ目)の地の文で体言止めは「空」「気候」「音」「方」「私達」と5回。それ以外が「交じる」「なっていく」「似ていた」「揺れた」「騒いでいた」と、5回。ちょうど五割です。
比較するために、拙作『皇帝の華』p.6(同じく本文一ページ目)の地の文から引いてみると、体言止めは「技」1回。あとは「包まれていた」「メルビル、と(←これは体言止めの亜流といってもいいかも)」「喩えられた」「撒いているのだ」「男である」「尋ねた」「戻した」「答える」と8回。ぁー、自分の書く文章とこれだけ違えば、読みづらいはずですよね。
