が、なんかまた灰色な気分に……。ああつまりその、わたしもライトノベル業界の末端にこっそり紛れこんでいる身なので、「ご都合主義のライトノベル」などと十羽一からげに一刀両断されると、たいへんに辛いものが。
そういうわけで、フラットな視点で読めたとは思えないことをまず、お気にとめていただいた上で、以下の感想をご覧くださいね。
『指輪物語』『ナルニア国ものがたり』『ゲド戦記』など、いわゆる古典的なファンタジーに関して、著者の視点からの分析にはあらたな発見もあっておもしろく、またロマン派やケルト復興などの歴史的な流れについても興味深く読めました。コンパクトに、うまくまとまっていると思います。
こらしめや仕返しについての論も、わたしは賛成できます。
より自分の言葉でいうと、個人的な意趣返しに、偉大な魔法の力を使わないでほしい、とたんに魔法が卑小に、あるいは卑近になってしまい、ファンタジーの本来もち得る力が失われてしまうから……と、いったところでしょうか。
ただ、「子供に与えるべき本」について論を張るときに、具体的に著者が駄目だと思っている本のタイトルがありそうなのにもかかわらず、それを書かないまま話を勧めること、また「ゲームには詳しくないが」としながら、ゲームをひとからげに批判していることなど、批判対象への把握が曖昧なまま進んで行く部分は、気になりました。
社会全体の流れを論じる場合に、作品をひとつひとつとりあげていくとコンパクトにはまとまり得ないことはわかりますが、この書きかたは、ちょっと感心できません。なにしろ「具体的に作品名を挙げるわけにはいかないが」とまで書かれているので、なんで挙げるわけにはいかないのか、挙げられないものを持ち出してなにを語ろうとしているのか、読者による検証ができないのに著者側の考えの押しつけではないのか、……と感じてしまいます。
挙げられないなら、語るべきではないのではないでしょうか?
惜しいなぁ、と思いました。ネガティヴな評価を特定の作品にくだし、それを語ることは微妙な問題なので、避けたのでしょうけど、だったら最初から持ち出さない方がよかったのにと思います。
魔法ファンタジーの世界 著者名:脇明子(著)
出版社:岩波書店
出版年:2006.05
ISBN :4004310202

端的にいえば、正統なファンタジーにも、ゲームやマンガ、ライトノベル、SFなどなどジャンルものすべてと同様に、優れたものも駄目なものもあるわけで、あるジャンルを総体として批判するだけまたはある特定のゲームだけを批判してそれを敷衍して、それでよしとするのはかなり情けない気がします。
ほめるのは簡単で、批判するのはかなり難しいことは確かなのですが。
この本についていうと、褒めてるところは全般にすてきな文章なのですが、批判したいものをとりあげると急に非論理的(というか、いったい「なにを」貶しているのかがわからないので、同意も反論もできない印象の話に終始しているというか……)になってしまって、変な感じがします。
そうですね〜良いことを言っているのに良く知らないことについて迂闊に発言してしまったというか。かんたんに説明できる、なら説明しなきゃですよね。お伽噺の教訓めいたものを感じてしまいましたが(^_^;)
私は児童文学属性がなくて、ファンタジーには所謂民話とハヤカワ青背白背と創元から入ったのでファンタジーについてあまり大きなことは言えないんですが、ファンタジーに分かり易い尺度がない、というのは100%同意できます。でもこれについて書き出すと長くなりそうなので、後でわたしの方で仕切り直そうかと。
魔法ファンタジーという言葉は確かに耳慣れないですね。魔法が登場しないファンタジーを見つける方が難しいような。ハワードなんかはそうですが>異世界というだけ
ローファンタジーとハイファンタジーを一言で説明しようとしたとも思えますけれど。
わたしは児童文学と子供向け神話から入って、ハヤカワ文庫や創元推理文庫は思春期くらいですねぇ……。サイベルとゲド、どっちが早かったかちょっとわからないです。
「魔法ファンタジー」って、聞かないですよね? 首をひねりながら読みまして、それも「なんとなくスッキリしない感」の一因なのではないかと思います。