夏休みに突入して子供が家にいるので、なかなか映画館に行けず、昨今友人知己に口を酸っぱくして「映画だけ観て原作も知ってると思わないで、っていうか原作読んで!」と主張しつづけたことを顧みて、いかにわたしがギリアムのファンでも、自分とギリアムにだけ甘くふるまうのはおかしかろう。
と、妙な公正さを発揮して、映画を観る前に一念発起して原作を読んでみました。
感想は「きっついなー、コレ」。
主人公は十一歳の少女ジェライザ=ローズ。彼女の父はミュージシャンで、薬物中毒。母が過剰摂取で死んでしまったため(もちろん薬物の)、始末に困って都会の家を逃げ出し、彼が昔その母親(つまり、ローズの祖母)に買ってやったというテキサスの田舎の一軒家へ。
テレビもない。電話もない。水もない。そんな家に着いてすぐ、父親はまたトリップ開始、そしてつれあいと同じ道を辿ってしまいます。
動かない父親に向かって、ちょっと留守してるだけだよね? とローズは声をかけます。彼女の記憶によれば、パパは前にもそうやって、座ったまま一週間も動かないことがあったから。それに、座ったまま人が死ぬなんておかしい。死ぬっていうのは、ママみたいに暴れて、苦しんで、もがいて、のたうちまわってから。静かに座ったまま死ぬはずがない。だからパパは死んでない――三段論法による、Q.E.D.
徹頭徹尾、こんなのひどい、間違っている、という状況が「少女の視点」から描かれます。そのものズバリという表現はなくても、読者には、それが「我々の現実ではどう呼ばれるものか」が、なんとなくわかる仕掛け。
それは死んでいるのだ、それは悲惨な事故のあとだ、それは吸血ではない、それは――と、いくらでもつづけられるのですよ。その悲惨さをぼかし、遠ざけるのが、ほかならぬローズ自身の視点で押し通す、という手法で、もう、
狂ってる。
としか、いいようがありません。狂うことでしか受け入れられないような現実を、とんでも妄想でふわっとカバーした内容。そんなの読みたいか? と問われると微妙なところですが、わたしはこの本を嫌いではありません。大好きな本とも思わないけれど。
やっぱり世界は実際に狂ってるんだろうな、と思うから……かな。好き嫌いではなく、よくぞ書いた! と感じますね。この作者はすごい。まあ一読して損はないかと――ただし、万人向けとはいえないです。
タイドランド 著者名:ミッチ・カリン(著)
金原瑞人(訳)
出版社:角川書店
出版年:2004.11
ISBN :4047914827

ギリアム監督の映像マジックをもってしても、けっこう毒が強いよな〜とか思いながら観ていたのですが、毒の強さは原作がもともと備えていたものだったのですね。
映画だとちょっとわかりにくい部分もあったので、原作も読んでみようかと思います。
映画はとにかく映像が素晴らしくて!
主役の女の子も、可愛らしかったり色っぽかったりと様々な表情を見せてくれて非常に魅力的でした。
原作も読み、映画も観たかたの話では、基本的に「原作を忠実に映画化した」といっていい内容とのことで、映像を楽しみに行きたいと思います。
小説だと「少女はこう解釈している」という表現がわかりやすいですが、映像でそれを表現するのは難しそうだなぁ、と。そのまま映像化するにしろ、難易度の高いことを、ギリアムはやってるんじゃないかな、などということも思いました。
やはり原作もかなりいっちゃってるんですね。
それが映像でどう表現されているか
是非、見てくださいね。
こっちも万人向けとはいえませんが、主人公の少女の美しさで救われています。
実は今日、人に会う予定があったのでその前に観ようと目論んでいたのですが、ちょっと出発が遅れまして、映画の上映開始時刻に間にあわず、すごすごと帰って参りました。
また、来週中に再チャレンジしたいと思います。
小説を読んだ限りでは、「過酷な現実を逃れるために想像の世界に入っていったジェライザ=ローズが、より醜悪な妄想にとらわれかけ、しかしその爆発的(?)な終焉のおかげで解き放たれて、まだしも耐えやすい現実に戻る道を発見する」話なのかな、と思います。