実に豊潤な人生を生きてこられたのだな、としみじみ思わされた。
座敷童が出るようなお宅で、しかも裏庭にイタチや白蛇が住まっているような環境で育たれたことが、妖精への傾倒……というより、親和性を育んだのだなと思うと同時に、ひるがえって、自分が不可思議なものを待ち望み、また文に書きしるしながら、巷間に流布するような「不思議話」をほぼ頭から信じようとしないのは、幼少時に不思議な体験を一切していないからだろうな、と思った。
あたりまえのことだが、実体験もしないで信じる方が無理だし、体験したと感じる人にとっては信じない方が難しいのだ。
米国には関心がもてない、機銃掃射で目の前で死んで行った人たちのことを思いだす、という文章にも、やはり「実体験」の重みを感じた。
とにかく「井村さんというかたは、こういう風に生きてこられたのか」と、さまざまなおどろきにうたれる一冊だった。
妖精の輪の中で 著者名:井村君江
出版社:筑摩書房
出版年:2000.09
ISBN :4480042393

自伝が書かれたんですね。図書館にはいらないかなー。
私も「不思議話」は体験したことがない(のか無視してきたのかはわかりませんが)のですが、
もののけの話はなぜか大好きです。
でも現実にあるかというとまず疑うという……コロボックルみたいに、「ぜったいいないと言わないけど全肯定もしない」ってとこかなあ……。
井村さんは、1999年2月に脳梗塞で倒れられ、半身麻痺の状態で、口述筆記で書きはじめられたようです。それすら「フェアリー・ダート」と呼び、妖精への親しみをうかがわせる姿勢に、ほんとうにお好きなんだなぁ、と。
なぜか、粛然としてしまうのでした。
「不思議話」、全否定はしませんし、「なにか不思議なことがあるかもしれない」とは思いますが、容易には信じられないですね。
だから逆に、自分が不思議を書くときに、きっちり超越性とか非日常性を持たせたがるのかなー、とも思います。